『筋金入りの』
彼女がぼくの部屋に来るにつけて出した条件はひとつだった。
「いいよ、でもわたし今日裸足に靴だから、上がったらすぐに洗面所とタオルを貸して。」
面喰って、反射的に「もちろん」とは言ったものの内心では「よくもまあそんないらない告白を」と思った。
女子も足がくさくなるのか。なんだか妙な気分だったし嫌な感じもした。
そこでいつもの通り信号機を三つ過ぎて、八百屋さんの桃の数の減りを見て、右に曲がった。我が城は屋根のない、屋上もない、至って普通のつまらない3階建てのアパートなので入口を目の前にして立ち止まることは入居のときと、その次は引越しの日くらいのものだろうと思ったが、彼女は足を止めた。
「おもしろいツタの付き方ね、一つだけ全然ない窓がある。」
「それの左横がぼくの窓だな」
「かどっこ?うるさくしても怒られなさそう」
「いや、その逆のほう」
「・・・逆もかどじゃない」
「そう見せかけて入り組んでいるんだ。だまされたのさ。」
おっちょこちょいね、と彼女は笑ってぼくの手から鍵を取ると自動ドアを開けて「2階ね」と階段を選んだ。ぼくはまた驚いてどうして分かったのかを尋ねた。彼女の「鍵に書いてあるから」という至極まっとうな答えで耳の付け根から血が広がって行くのを感じ「そうか」とだけ答えた。階段をあがりながら洗面所の場所を聞かれたので、入ってすぐ右のドアだと素直に教えた。じゃあタオルはというのでぼくが持っていくと言うと、石鹸も使わせてもらうけど良いかしらと彼女が聞く。彼女がドアに鍵を差し込みガチャガチャとしているのを背後から見るのは不思議な気分だと思いながら いいよ、と言うと軽く振り向いて「ありがとう」と彼女は言うや否や靴を散らかすように脱ぎ、一目散に洗面所へ入って行った。ドアも閉めずに水の流れる音の隙間から「靴はあとでちゃんとするからそのままにしておいてね!」と聞こえたのがなぜか面白くて「はーい」と間延びした返事をした。
かわいいんだかかわいくないんだか分かんないなあと戸棚からできるだけ清潔そうに見えるタオルを探した。水の音が止まったので終わったんだな、と急いでみるも、一番清潔そうであろう白がなぜか綺麗ではなかったので、深緑のわりかしふこふこなタオルを選らんでたたみ直してから洗面所へ向かうと、彼女はいまだに石鹸で足を洗っているところだった。細い背中がまあるくなって、後ろでゆるく結われた髪が、手を動かすのにあわせて左右に小さく揺れていた。薄着だからか、彼女の下着の線が浮かんでいて、色までは分からないのが一瞬の劣情を掻き立てた。声をかけようにもタイミングを逃していたからか喉から変な音が出そうになったので、口をつぐむと彼女のシャツとスカートの間に見えた肌が思いのほか白くはなくて「もう海へ行ったのだろうか」と考えた。ぼくがいるのをおそらく知らないのだろう、片足をへりに預けている。後ろからでは分からないのだが前から見たらおそらく大胆な格好だ。彼女が蛇口のバーを上げて流れ出した水の音に一瞬びくっとした。彼女の脚に気を取られていたのが、その緩慢な腕の動きが視界に入らなかったのだ。何か悪いことをしているのを咎められたようで、いたたまれなくなったのだが、彼女の腕の内側の異様な白さとか、でも決して白くはないうなじとか、そういうものの惹きつける力がすごくて、意識的に息を殺していた。適当な石鹸の泡だて方とか、それがまとわりついて手の足となぞる指先がなぜかいやらしくて「かわいいとか、かわいくないじゃ、ないんだな。」と思った。
彼女が左の足を洗い終える頃、ゆらゆらと揺れ続ける髪の毛を無性にひっぱりたくなりゆっくりを音をたてないように近づいた。背後につき、痛くないように クッ と髪をしたに引くと、あまりにも間抜けな顔で彼女は上を向いた。驚くと声が出せないタイプなのだなあと思わせる口の閉めっぷりもおもしろく、キスをしてみた。
すると伸ばしっぱなしにしていたひげが鼻先に刺さったようで、彼女は変な声を上げて体勢を崩し、ぼくに体重を預けた。その一連の流れももう何もかもたまらなくって、ゲラゲラ笑い転げて、豆鉄砲を食らった鳩の顔の彼女を横目に「こういうのもいいな。」と思っていた。

